2009年06月18日

睡眠導入剤(すいみんどうにゅうざい)は

睡眠導入剤(すいみんどうにゅうざい)は、不眠状態や睡眠が必要な状態に用いられる薬物の総称。睡眠時の緊張や不安を取り除き、寝付きを良くする作用をするものが多い。一般には「睡眠薬」と呼ばれることが多い。

睡眠導入剤は化学構造によりベンゾジアゼピン系、チエノジアゼピン系、バルビツール酸系、シクロピロロン系や抗ヒスタミン薬などに分類される。また、作用時間による分類としては、超短時間作用型、短時間作用型、中時間作用型、長時間作用型などがある。

ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は抗不安薬として使われるケースも多く、逆に抗不安薬(マイナートランキライザー)や抗精神病薬(メジャートランキライザー)を睡眠導入剤として利用するケースもある。

以前はバルビツール酸系の薬剤がよく用いられていたが依存傾向が強く、耐性が(2・3日から1カ月ぐらいの間に)生じやすい問題があるため現在では比較的安全なベンゾジアゼピン系の薬剤が多く用いられる傾向にある。副作用としては依存形成のほかには一過性の健忘、覚醒後の眠気、悪夢などがみられることがある。
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主な睡眠薬 [編集]
超短時間作用型
トリアゾラム(商品名:ハルシオンなど。ベンゾジアゼピン系)
ゾピクロン(商品名:アモバン。シクロピロロン系)
酒石酸ゾルピデム(商品名:マイスリー。イミダゾピリジン系)
短時間作用型
エチゾラム(商品名:デパス、エチカームなど。チエノジアゼピン系)
ブロチゾラム(商品名:レンドルミンなど。チエノジアゼピン系)
ロルメタゼパム(商品名:エバミール、ロラメット。ベンゾジアゼピン系)
ブロムワレリル尿素(商品名:ブロバリン。有機臭素化合物)
短-中時間作用型
ペントバルビタール(商品名:ラボナ、ネンブタールなど。バルビツール酸系)
塩酸リルマザホン(商品名:リスミーなど。その他の系統)
中時間作用型
フルニトラゼパム(商品名:サイレース、ロヒプノールなど。ベンゾジアゼピン系)
ニトラゼパム(商品名:ベンザリン、ネルボンなど。ベンゾジアゼピン系)
ニメタゼパム(商品名:エリミン。ベンゾジアゼピン系)
エスタゾラム(商品名:ユーロジンなど。ベンゾジアゼピン系)
クアゼパム(商品名:ドラール。ベンゾジアゼピン系)
アモバルビタール(商品名:イソミタール。バルビツール酸系)
抱水クロラール(商品名:エスクレ。抱水クロラール系)
長時間作用型
フルラゼパム(商品名:ダルメート、ベノジールなど。ベンゾジアゼピン系)
フェノバルビタール(商品名:フェノバール。バルビツール酸系)
ハロキサゾラム(商品名:ソメリン。ベンゾジアゼピン系)
その他
ベゲタミンA/B(塩酸クロルプロマジン、塩酸プロメタジン、フェノバルビタール混合薬)
ラメルテオン (本邦未発売。メラトニン受容体作動薬)

睡眠導入剤使用時の一般的な注意事項 [編集]
自己判断で量の増減を行わない。
アルコールと一緒に服用してはいけない(効果増強のおそれ)。
内服後は自動車や機械を運転しない(眠気による事故のおそれ)。
他人が同じ様な症状であっても個人的に譲渡あるいは転売してはいけない(薬事法などにより厚生労働大臣が指定した向精神薬規制されている睡眠導入剤の場合、麻薬及び向精神薬取締法によって処罰される場合がある)。

2009年05月31日

一揆の盟約によって秩序が達成されていた

中世後期から、表向きは一揆が禁止されていた中で実際には百姓身分の権利行使運動として恒例化していた江戸時代のいわゆる百姓一揆の時期を経ることで、現代では一揆の本来の意味は忘れられ、理解されがたくなってしまっている。そのため、戦国大名毛利氏を成立させた毛利元就の生涯を描いたNHK大河ドラマ『毛利元就』において、元就が安芸国人の国人一揆を結ぶ場面で一揆の語の使用が避けられて、「国人領主連合」なる一種の現代語訳が用いられた例もある。
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また、中世後期の一揆の盟約による政治的共同体が武装していたことから武装勢力の蜂起の意味合いを強く想起する向きもあるが、この時代、自検断権に基づいて、ほとんど全ての階層の共同体が軍事警察力と司法権の行使を認められ、その達成のための保障となる武装は当然であったことを忘れてはならない。

特に日本が明治期以降の近代に入り、江戸時代が最も近い前近代の「歴史」となってからは、一揆は「百姓一揆」を指すような印象があるが、前述のように表向きは一揆の盟約が禁止されていながらも、百姓身分の権利行使の慣例として現実的には認めざるを得なかったという、現実と建前の著しく乖離した構図を持っていたこの時代の一揆をもって、日本の歴史的一揆の典型とみなすべきではないであろう。この表向きの一揆の盟約の禁止下で行われた百姓一揆は、その建前上の性格ゆえに土寇(どこう)とも漢語表記された。 日本では、史学界で階級闘争史観が支配的だった時代の「一揆は強者たる武士からの抑圧に対する、弱者たる民衆の決死の反抗であり、平等意識のもとで強固な団結力を持っていた」とみなす一揆観が、いまだに一般市民レベルでは普及しているが、上記のような事情を鑑みると、その一揆観は一揆のごく一部の相を見て創られたものに過ぎない。実際の一揆は、大名層からの抑圧に関係なく結ばれることも多く、また、一揆内での主導権を巡る派閥抗争も絶えなかった。こうした一揆内の派閥抗争を一揆内一揆と呼ぶことがあり、越前一向一揆におけるものが有名である(下間頼照を参照)。

一揆の盟約を結ぶに際しては、神前で宣言内容や罰則などを記す起請文を書いて誓約を行い、紙を焼いた灰を飲む一味神水と呼ばれる儀式が行われた。

2009年04月28日

モルドヴァ

モルドヴァでの反体制活動は、ウクライナのオレンジ革命と似たような経緯をたどっており、2005年の議会選挙ではキリスト教民主人民党は自党の色としてオレンジを採用し、これはウクライナでの事件を受けたものと見られている。

この事例に対しては、モルドヴァがブドウの大産地であることから「ブドウ革命」という名称をつける案が挙がっている。しかし政権側が選挙に勝利したことでこの革命は実現に至らなかった。これにはいくつかの原因が挙げられており、反体制派が分裂状態であったことや政権側が親ヨーロッパ・反ロシアの立場をとるなどして、反体制側がこれらの分野をきっかけに協調していたかもしれない政治的立場の者を多く取り込んでいたことがある。また選挙自体も欧州安全保障協力機構 (OSCE) の選挙監視団がまとめた報告において、同様の革命が起きた国での選挙よりも公正であるとされている。ただしCISの選挙監視団はこの報告を強く非難している。

モンゴルでは2005年3月25日に首都ウランバートルで、黄色のスカーフをまとった活動者が前年の議会選挙に対する抗議行動を実施し、正当な選挙を行うことを求めた。集団からは、「キルギスの兄弟にその革命の心について祝おう。モンゴルの政治腐敗を一掃しよう」という声があがった

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ミャンマーにおける2007年の反政府デモにはサフラン革命という表現が報道で用いられることがある[12][13]。これは活動を僧侶が牽引していることにちなんでいる。かつて学生が主導的役割を果たした1988年8月8日の8888民主化運動でも同じ色が使われていたが、この運動は武力制圧されている。

ロシアにおけるリベラル系の反体制派にはいくつかの政党や団体があるが、中でも特筆されるのは青年団体オボロナ(ロシア語で「防衛」の意)である。オボロナはその目的について、自由で公正な選挙を実施させることと、ロシアにおいて民主的な政治競争ができる制度を確立させることとしている。この運動団体は最も活発で急進的なものの一つで、ロシアの数多くの都市に拠点を置いている。

バシコルトスタン共和国では、専制的で腐敗や暴力が蔓延っているとして連邦政府によってモルタザ・ラヒモフの大統領職解任に介入するよう求める活動が実施されている。反体制派のひとりで、バシキール民族戦線の指導者アイラート・ディムハメトフは自分たちの活動について、ウクライナやキルギスでの大衆運動から刺激を受けていると述べている[14]。また別の団体の指導者であるマラト・ハイルリンはオレンジ革命がロシアで起こるとしたら、それはベシコルトスタンで始まると話している

2009年04月12日

大峯奥駈道

大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)は、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じる修行道であり、熊野参詣道のひとつ。

大峯奥駈道は、奈良吉野山と熊野三山を結ぶ、もとは修験道の修行場として開かれた道であり、熊野古道の中で最も険阻なルートをなす。今日、一般的に大峰山(大峯山)といえば山上ヶ岳を指すが、大峯奥駈道でいう「大峯」とは、吉野から山上ヶ岳を経てさらに奥の山々、そして最終的には熊野三山に至る大峰山脈を縦走する修行の道全体を指している。深田久弥は日本百名山の中で山上ヶ岳から最高峰の八経ヶ岳までの峰々を縦走したことを紹介している。

大峯奥駈 [編集]
大峯奥駈とは本来、大峯山寺より奥の「靡」に進むことを奥駈と云われていた。修行場は「靡」(なびき)と呼ばれ、ひとつひとつに番号が割り当てられている。すなわち、熊野本宮大社の本宮証誠殿(1番)にはじまり、吉野川河岸の柳の宿(75番)に終わる。この大峯七十五靡は75箇所を数えるが、これは歴史的に整理されてきた結果であり、もっと多くの靡が設けられていた時期もある。

順峯と逆峯 [編集]
これら行場を巡る方法には2つの方法が知られている。ひとつは、本宮から吉野に向かう順峯(じゅんぷ)、他方は、逆に吉野から本宮に向かう逆峯(ぎゃくふ)で、それぞれに主宰する宗派が異なる。順峯は天台宗系の聖護院(本山派)が、逆峯は真言宗系の醍醐寺三宝院(当山派)がそれぞれ主導する。中世の熊野を支配し、熊野詣の先達をつとめたのは天台宗系の本山派であり、大峯奥駈についても本山派が先行していたが、近世以降の熊野詣の衰退に伴って、江戸時代から今日まで、両派とも吉野から入るのが一般的かつ正統的なものとされている。ただ、中世の熊野詣を主導した天台宗系による順峯は、那智山青岸渡寺によって復興され、今日でも行われているので、完全に途絶したわけではない。

また、水場が乏しいこともあって、前鬼宿(奈良県下北山村)太古の辻以南の部分(南奥駈と呼ばれることもある)はたどられないことが一般的であり、現在でも大峯七十五靡を踏破する奥駈の行をおこなう寺院は限られている。

マニャック フォーク 苺姫 夕べの鐘 オロシ メイド セル チウム スケート オカラヌス ジャグ スマイル 平安夢 リッジ ブング トランプ クション カセット スピリ ラフォーン シーダ トリプル ビロード ウエルト リング ネゲブ あかぼり ピグミー ラッフル シンカー リスク だいふく マシン バルク フリスビー キエフ ミルミル マルキ タッチ セグメント ネブラス セニョー ハマス とりゅふ アップ リヤス ラピス べにかば メモ スキーデ



2009年03月28日

ジェンダーバイオレンス

ジェンダーバイオレンス(gender violence)とは夫婦や恋人など親しい関係にあるカップル間で発生する暴力の事。
リーゼント ミニスト 検索うり きえいよこ マンテ コニャック デュレ ピッコロ サイレン ブリストル カレワラ タワー国内 システ はけご フィット 砂時計 ドレート シェフレラ リラキ 純潔 プランナ モダニスト オフサイド サステナ チリソース フクシア ブルー タグボ ゴスペル ラシャ テキント ファロス うばざくら パンドラ エレガ チャネリ オート 紅梅 チキク イオ次 ブラック ドアチェーン パドル ローラシ かいこう 亀王 クロノ タックル マンス インワン

「夫や恋人からの暴力」としてDV(ドメスティックバイオレンス)が使われる事があるが、ドメスティックバイオレンスは本来、家庭内暴力を意味する言葉である。夫婦間暴力における夫の被害の割合は約三分の一であり、家庭内暴力は兄弟姉妹間暴力や親子間暴力が大半である。従って家庭内暴力における夫から妻への暴力は少数に過ぎない。また独身|未婚のカップル間暴力であるデートDVに至っては家庭内とは何の関係も無い和製英語である。また、すべての英英辞典に例外なく記載されているとおり、この意味での"gender"は「「生物学的性・生得的な性」の意味である。

これらの理由から女性に対する暴力という意味でドメスティックバイオレンスを使用するのは適当ではなく性差別に起因する暴力としてはジェンダーバイオレンス(gender violence)を使うのが適当である。
近親者に暴力的な扱いを行う行為・ないしは暴力によって支配する行為全般を、このように呼ぶが、ここでいう虐待には以下の種類がある。

身体的虐待
殴る・蹴る・突き飛ばす・髪を引っ張る・押さえつける・首を絞める・物をぶつける・物を使って殴る・物を壊す・熱湯や水をかける・煙草の火を押しつける・唾を吐きかける・部屋に閉じ込める・怪我をしているのに病院へ行かせない、などといった一方的な暴力行為。靴下を近づける、素足を顔に近づける等。
精神的虐待
恫喝したり日常的に罵る・無視する・無能役立たずと蔑む・他人の前で欠点をあげつらう・友人と会わせない・終始行動を監視する・出て行けと脅す・別れるなら死ぬと狂言自殺する・子供や身内を殺すなどと脅す・ペットを虐待してみせる、など。ストレスとなる行為を繰り返し行う。
性的虐待
性交の強要・避妊をしない・特別な行為を強要する・異常な嫉妬をする、など一方的な行為で、近親間強姦とも呼べる。中絶賛成派は中絶をさせないこともこの中に含まれるとしている。
経済的暴力
仕事を制限する・生活費を入れない[要出典]・支出した内容を細かくチェックする・家の金を持ち出す・無計画な借金を繰り返す・買い物の指図をする、など。
社会的隔離
近親者を実家や友人から隔離したがる・電話や手紙をチェックする・外出を妨害する、など。
こうした暴力・虐待行為の現場に子供が居合わせることがある。子供に暴力を見せつけることも、被害者と子供双方に対する虐待である。子供のいる家庭で暴力事件が発生した場合、約七割の家庭で虐待を受ける母親と子供が目撃し、さらに、その三割の子供たちが、実際に父親などからの暴力を受けていることが報告されている。

男女の取り扱いについては、欧米では古くから女性側からの暴力に関しても関心が寄せられている。日本では女性が被害者になることが多い(男性への暴力が表面化しにくいことから、逆だとする説もある)ことから女性への配慮が重点的に行われていた。しかし、女性向けに偏った暴力対策への反省、相談件数等の増加などから、次第に男性への暴力も注目されるようになっている。男性同性愛者から男性の恋人への暴力も存在するが、こちらはまだそれほど注目が集まってはいない。

被害者の状況 [編集]
欧米ではこの30年、日本ではおおよそこの10年あまり、取り組みが積み重ねられ、その深刻な実態が明らかにされるようになった。平成17年度に行われた「男女間における暴力に関する調査」(内閣府)によれば

全体の26.1%が被害を経験
女性の33.2%が被害を経験
男性の17.4%が被害を経験
となっている[1]。

被害内容については、

「身体に対する暴行を受けた」 女性26.7%、男性13.8%
「恐怖を感じるような脅迫を受けた」 女性16.1%、男性8.1%
「性的な行為を強要された」 女性15.2%、男性3.4%
となっている。

上述した通り被害者の6?7割は女性であることから、ジェンダー・バイオレンスは女性を主な被害者としてとらえられている。また、専門機関を含めてジェンダー・バイオレンスを「妻が夫から受ける暴力」に限定して定義していることも少なくない。しかし、夫婦間暴力における男性の被害者は約三分の一であり決して少なくない。アメリカ合衆国では男性に対するドメスティック・バイオレンスの深刻性が十分に認知されており、ミネソタ州でジョージ・ギリランドが開設したものを嚆矢として、私営の男性専用のDVシェルターが多数存在する。

「DV」という用語の問題 [編集]
DVは「夫や恋人など近親者による女性パートナーに対する暴力」と紹介されることが少なくないが、実際には夫婦間暴力における夫の被害の割合は約三分の一と少なくないし、そもそも家庭内暴力の大半が兄弟姉妹間暴力と親子間暴力である。デートDVに至っては家庭内とは何の関係もない。

「女性に対する暴力や性差別に起因する暴力をテーマとするのになぜドメスティック・バイオレンス(直訳すれば「家庭内暴力」)という表現なのか」という疑問は保守派だけでなく男女共同参画推進派の内部からも盛んに指摘されてきた。第6回千葉県男女共同参画推進懇話会条例専門部会[2]においても、DV(ドメスティック・バイオレンス)という用語の分かりにくさ(「ドメスティック」は直訳すれば、「家庭内の」という意味であり、「夫の妻に対する」という意味ではない)とアメリカでは誤解を避けるために「GV(ジェンダー・バイオレンス)」という用語が使われている実情について、

最近、アメリカではDVとは言わないそうです。「ドメスティック」という言葉が誤解を生みやすい。家庭の中でというイメージがあります。家庭の中で行われるのではなくて、本当はGV(ジェンダー・バイオレンス)なんだと。ということで、DVという表現を極力避けてGVと言い始めたという話を私は聞きました。

2009年02月24日

仮面ライダー剣

人類基盤史研究所 (BOARD) 。「ヒトが地球を制した背景には、進化論では説明できない理由が存在する」との仮定に立ち、その理由を究明するために作られた機関である。彼らは探求の末、不死の生命体を発見し、これらが様々な生物の祖であるとした。これらは"アンデッド"と名づけられた。数年前、アンデッドの大半の封印が解かれ、人間を襲い始めた。BOARDは所長・烏丸啓の指揮の下、アンデッドの封印を行うべく、アンデッドの能力を応用した特殊装備"ライダーシステム"を開発する。

BOARDの新人職員・剣崎一真は、先輩の橘朔也と共に、バットアンデッドの封印に当っていた。だが剣崎=ブレイドは、アンデッドの前にほとんど何も出来ず、橘=ギャレンに助けられようやく封印に成功する。そんな2人に、白井虎太郎という青年が唐突に取材を申し入れてきた。虎太郎は「仮面ライダー」という都市伝説を追っており、先ほどの始終を見て、剣崎達こそが「仮面ライダー」であると確信したのだ。突然の取材オファーに剣崎達は困惑する。

その夜、BOARDはアンデッドの襲撃を受けて壊滅した。生き残った研究員・広瀬栞は、かねてから烏丸との間に確執のあった橘に疑惑の目を向ける。

特徴
平成仮面ライダーシリーズの5作目である本作品は、「ライダーシステム」と総称されるシステムを用い、トランプをモチーフとする「ラウズカード」に封印されたアンデッドの能力を引き出すことによって、仮面ライダーへの変身と特殊技の発動を行う。カードを駆使して戦うスタイルは『仮面ライダー龍騎』でも見られたが、1体のモンスターと契約すれば複数のカードを得ることが出来た『仮面ライダー龍騎』に対し、本作は1体のアンデッドから1枚のカードしか得られず、ポーカーのように一度に特定の複数枚のカードを使うことで技が強化されていくという点が違い、戦闘スタイルにバリエーションを持たせている。

仮面ライダーのモチーフもトランプのマークであり、それにあわせて初披露時から登場するライダーは4人(レンゲルは名前と俳優のみ発表)と明かされていた。それと同時に虫とのダブルモチーフである。また主人公・ブレイドはTVシリーズの主役のライダーとしては唯一、基本カラーが青であり、『仮面ライダークウガ』以降の作品の主役としてはやはり唯一、基本カラーの赤いバリエーションを持たない(さらにブレイドのスーツアクターを務めた高岩成二氏はあらゆる「平成仮面ライダー」や「スーパー戦隊」で主役を演じている為、彼にとっても数少ない「赤くない主役」である)。

本作品の怪人「アンデッド」はトランプに当てはめられ、数も当初から52体(後に53体)と明かされていた、そして不死身であり倒す方法が「封印」であることも大きな特徴である。

コンセプトの一つに「職業としての仮面ライダー」があり、剣崎と橘は組織に属し、給与を貰って仮面ライダーとなって戦うという構造となっている。また作中のセリフにも「これが仕事」「給料」などの職業を連想させるものが多い。「ライダーシステム」という用語で「仮面ライダー」を仕事としているのは『仮面ライダーカブト』のゼクトにも受け継がれられている。

平成ライダーシリーズでは使われることの少ない「仮面ライダー」の名称であるが、本作品では『仮面ライダー龍騎』同様全編通してこの名称が使われているのも特筆すべき点の1つと言える。

内容は前作の『仮面ライダー555』同様、怪人側にもスポットを当てたエピソードが複数存在するが、前作が「人間の心を残したまま異形の存在(つまり怪人)になってしまった者」の悲劇を描いたのに対し、本作は「異形の存在として生まれながら人間の心を持ってしまった者」の苦悩が作中で克明に描かれ、主人公サイドの登場人物であり、後者の要素を持つ相川始の苦悩や葛藤、その処遇を巡ったストーリーが展開された。中盤では追加メンバーである上城睦月のトラウマに対する克服も大きくクローズアップされた。 前半と後半で脚本家が大きく違うのもこの番組の特徴と言える。

キャスティング・スタッフ
東映側のメインプロデューサーには、仮面ライダー作品は初となる日笠淳が担当。メイン監督は前3作までを手がけた田崎竜太に代わり、『仮面ライダークウガ』以来のメインとなる石田秀範が務めた。メインライターは当初特撮番組には初参加となる今井詔二を迎えてスタートしたが、中盤からはゲストライターであった會川昇が引き継ぐ形となった。このことについて日笠、武部の2人のプロデューサーは特撮雑誌で「今井のスケジュールの都合で交替となった、後半も出来れば書いて貰おうと思ってた」と語っている。

本作品でアンデッドデザインを多数手がけた韮沢靖は、後の『仮面ライダーカブト』『仮面ライダー電王』『仮面ライダーG』にも怪人のデザインで参加しており、これは『仮面ライダーカブト』の白倉プロデューサーがアンデッドのデザインに感銘を受けての起用だったという。また、『仮面ライダーアギト』のアンノウン以来となるライダー怪人のデザイン画集『UNDEAD GREEN BLOOD』が発刊される。

上城睦月役の北条隆博は当時18歳であり、レギュラー登場のライダーとしては最年少だった。またかつて特撮ヒーローを演じた森次晃嗣と春田純一が物語のキーマンとして登場した。

楽曲
当初オープニング曲として使用されていた「Round ZERO 〜 BLADE BRAVE」は前々作の『仮面ライダー龍騎』と同じく、ライダーシリーズには珍しい女性ボーカルを起用した曲となっている。また後半ではそれまでのシリーズとしては珍しく、OP曲・映像が完全に刷新されている。

また本作品では戦闘時のエンディング曲(挿入歌)のボーカルを出演者の天野浩成、森本亮治がそれぞれ担当。レギュラー出演者が手がけるエンディングは後の『仮面ライダーカブト』などにも引き継がれた。

評価
後半こそ多少持ち直したものの、平均視聴率は本作品までの平成仮面ライダーシリーズの中で最低を記録し、玩具等の関連商品のセールスも概ね不調に終わるなど、苦い結果を残すこととなった。一方で後期オープニング『ELEMENTS』は仮面ライダー関連CDとしては当時のオリコンチャート最高位である、初登場6位を記録するに至っている。

有史以前より、地球上の生命の繁栄を管理する“統制者”(意図的パンスペルミア説でいう、シードマスターのような存在。烏丸はその正体を、地球上の生物の「他の種よりより優れた存在に進化したい」という強い思念が結合して誕生した、バトルファイトというシステムを進行させ発動させるためだけに存在する思念体と考えている。自我があるのかどうかさえ不明で、何度もバトルファイトを発動し生態系を変えてきた。)によって創り出された、地球上に生息する様々な生物の始祖たる不死の生命体。いかなる方法を用いても死ぬ事がないことからアンデッド (undead) と命名された。53体存在(後述する、現代において人為的に発生した個体を除く)し、1万年前に行われたバトルファイト(後述)の結果52体がラウズカードに封印されていたが、物語開始から2年余り前、封印が解かれ現代に蘇った。

決して死ぬ事がなく、治癒能力も極端に高いアンデッドの活動を制限する方法は、専用のラウズカードに封印する以外存在しない。アンデッドはその分類ごとに、あらかじめトランプでいうスートとカテゴリーがそれぞれに定められており、過大なダメージを受けると腰部の〈アンデッドバックル〉が展開、スートとカテゴリーを確認することが可能になり、ブランクのラウズカードによって封印することができる。名前は基本的に「モチーフ生物の英名+アンデッド」。アンデッドはそれぞれの属するカテゴリーにおいてその戦闘力に差異があり、カテゴリーAに属するアンデッドや、後述する上級アンデッドやジョーカーは他のアンデッドよりも高い戦闘力を備えている。
ユーロ ドラゴン セカンド ナビラッコ バリヤ サーチ天延 セスカーナ ユッカ 京いも パレス レオタガ オマーン フライト リポジ ピンク チャコール サドルシ ライト じゃじゃん シキミ エッジ カチュ クロロ 学園天国 ソワレ ダイレーザ ハンサム シート ニアピン ロハス ラナン ソコン かすかわ 星のフラ シューズ フーズ トレーサー ターピース ルカラー 天羽 シャープ パオトウ くずまき マミー スウェ フォトカ そけい メトニミ フランス スリーエム

カテゴリーA:ライダーシステムに組み込む事で、システム装着者を仮面ライダーへと変身させる。
カテゴリー2:ラウザーを用いた直接攻撃の強化。
カテゴリー3:パンチ系攻撃力の強化。
カテゴリー4:突進力・浮遊力などを付加して間接的に攻撃を強化。
カテゴリー5:キック系攻撃力の強化。
カテゴリー6:雷や炎といった、自然界にある原始的な現象を発動。
カテゴリー7:金属、有機物などの『物質』の特性を技に付随。
カテゴリー8:敵の動きを制限・抑制。
カテゴリー9:高速移動や回復、煙幕噴射などといった戦闘力の補助。
カテゴリー10:封印されたアンデッドの解放や時間停止など、超特殊能力。
カテゴリーJ:ラウズアブゾーバーとカテゴリーQの力を借りる事で、ライダーシステムと融合する。
カテゴリーQ:ラウズアブゾーバーを介して、カテゴリーJ及びKとライダーシステムの橋渡しをする。
カテゴリーK:ラウズアブゾーバーとカテゴリーQの力を借りる事で、ライダーシステムと融合或いはその装着者に何らかの進化をもたらす。ジョーカーの場合、カテゴリーK単体の力でジョーカーに進化をもたらす。

バトルファイト
1万年前、53種のアンデッドにより自らの種の繁栄をかけて行われたバトルロイヤル。このバトルファイトは“統制者”と地球上の有機生命体とのコンタクト用インターフェースである黒い石版・モノリスを通して管理されており、アンデッド同士の戦いで敗れた結果戦闘不能になったアンデッドは、モノリスの力によってカードに封印されていき、最後まで封印される事なく残っていたアンデッドが勝者となる。

勝者となったアンデッドには、“統制者”から地球上の全生命を自分の望むがままに変革できる“万能の力”が与えられ、その後の世界を自分の思い通りのものにできる。一方、バトルファイトにおいていかなる生物の始祖でもないジョーカー(後述)が勝者となった場合は、地球上の全生物が死滅、いわば地球上の生命がリセットされる事となる。前回のバトルファイトでは、最終的にヒトの始祖たる不死生物・ヒューマンアンデッドが優勝し、あらゆる動植物が暮らす現代の世界がもたらされた。

しかし最後のバトルファイトから1万年後に大半のアンデッドが解放された結果、解放されたもののみを出場者と“統制者”が認識、バトルファイトは再開されることとなってしまった。現代の世界でのバトルファイト再開は、バトルファイトの顛末を知り“万能の力”を欲した天王路によって仕組まれたものであり、天王路がモノリスを所有・管理していたためアンデッドの下に出現できず、ゆえにジョーカーと仮面ライダー以外は他のアンデッドに勝利できても封印する術のないイレギュラーな戦いとなっている。緻密なシナリオの末天王路は最強の人造合成アンデッド=ケルベロスIIとしてバトルファイトの参加資格を得ることに成功したが、計画に利用した仮面ライダーによって倒され、ギラファアンデッドによって殺害された結果その目論見は潰える事となった。最後にはジョーカーが勝ち残り一度は全生命のリセットが遂行されたが、剣崎がキングフォームの酷使によってジョーカー化した事で出場権を獲得、バトルファイトは再開されリセットは中断された。そして互いに戦わないよう剣崎が始の下から姿を消したため、物語終了後もバトルファイトが終わる事はなかった。

上級アンデッド
それぞれのスートにおいて、J、Q、Kのカテゴリーに属する12体のアンデッドを指す。その存在を予見していたBOARDによって“上級アンデッド”と呼称された。上級アンデッドは他のアンデッドよりも強大な力と高い知能を兼ね備えており、さらにその外見を人間の姿に化身させる事が可能。さらに人間や自分達よりカテゴリーの低いアンデッドを、マインドコントロールして操る事もできる。彼らは解放されてから短期間で人間の言葉をマスターし、化身する事で怪しまれることなく人間社会に潜伏している。一般的なアンデットとの外見状の違いはアンデットバックルが金色でウロボロスのエンブレムが骨化している。

ジョーカー
いかなる生物の始祖でもないアンデッドであり、バトルファイトにおいてもイレギュラーな存在とされている。外観はカミキリムシに酷似しており、腰部には他のアンデッドの〈アンデッドバックル〉ではなく、バックル部分に〈スラッシュ・リーダー〉が設けられたベルト型カードリーダー・〈ジョーカーラウザー〉が装備されている。基本カラーは黒と緑。他のアンデッドをモノリスもカードも必要とせず封印でき、ジョーカーラウザーによりその姿と能力をコピーする能力を持つ特殊な個体。戦闘能力も他のアンデッドとは比べものにならない程高く、性格も極めて残忍。

バトルファイトにおいてこのジョーカーが勝者となった場合には、ジョーカーの肉体やモノリスからダークローチと呼ばれる怪生物が無数に出現、地球上の生物が全滅するとされている。そのためジョーカーはバトルファイトを影で支配する残酷な殺し屋として、他のアンデッドからも恐れられ忌み嫌われていた。1万年前のバトルファイトでは、ヒューマンアンデッドに敗北し封印される。ジョーカーが?2『SPIRIT』を用いてヒューマンアンデッドの姿に変身した姿が、相川始=仮面ライダーカリスである。解放された後は本能の命ずるまま他のアンデッドを次々と封印していき、そんな中ヒューマンアンデッドを偶然発見し封印した。しかしヒューマンアンデッドがカードからジョーカーの精神に働きかけた事で、ジョーカーは自分の行動と運命に疑念を持つようになっていった。また、剣崎もキングフォームを酷使した結果、肉体がアンデッド化し、最後には新たなジョーカーとなった。 劇場版には亜種である「アルビノジョーカー」が登場した。

ダークローチ
バトルファイトにジョーカーが勝利した場合に無数に生み出される怪生物。ゴキブリに酷似しているが、ジョーカー同様どの生物の祖ではないイレギュラーな存在。地球上の全生物を死滅させる事を使命としており、それを達成するまでは限りなく誕生し殺戮を繰り返す。アンデッドではない(アンデッドサーチャーは反応する)ため、倒すことは可能。映画版にはアルビノジョーカー同様に「アルビローチ」も登場した。

2009年02月08日

カンボジアの歴史

中国の書物によると、1世紀ごろ、ほぼ現在のカンボジアの位置に扶南(フナン)という王国があった。3世紀までは未開の地であったが、インドと中国の中間地点にある水路の要衝に位置していたため外国文化が流入し、商業国家として繁栄した。稲作が発達していた。
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6世紀には、カンボジア国家の起源とみなされている国、すなわち中国史料にいう北方クメール人による真臘(しんろう、チェンラ)が勃興した。この国は扶南の属国であったが、7世紀には扶南を滅ぼし、ジャヤーヴァルマン1世(657年 - 681年)の治世の頃に最大となった。インド文化の影響を受けサンスクリット文字を使用したが、クメール文字も使われ始めた。真臘は、現在のカンボジアとラオス南部、つまりメコン川流域を領土としていたと推測されている。

しかし、ジャヤーヴァルマン1世の死後、古代カンボジアは、中国の記録に見える北の陸真臘と南の水真臘に分裂し弱体化し、8世紀にはジャワ王国のシャイレンドラ朝支配下に入った。

中世
クメール王朝ジャワ王国からの独立は、ジャヤーヴァルマン2世(802年 - 854年)により行われた。ジャヤーヴァルマン2世はプノン・クレンで即位を行い、ジャワからの解放を宣言した。これがアンコール王朝(クメール王朝)の始まりである。9世紀の末、ヤショーヴァルマン1世がアンコールに都を築いた。

1113年、スールヤヴァルマン2世が即位し、国内を統一、チャンパ王国や李朝へ攻め入った。王国の範囲は、タイ中部、マレー半島、ベトナム南部に及び、また、彼は寺院建築にも熱心で、クメール美術の最高傑作であり、自身の墓でもあるアンコール・ワットを始め、トマノン、バンテアイ・サムレなどのヒンドゥー教寺院を建築した。

スールヤヴァルマン2世死後、王位を巡り争いが続いた。さらに1177年には、チャンパの大軍が都であったヤショーダラプラを破壊した。

タ・プローム1181年、チャンパに遠征していたジャヤーヴァルマン7世が帰国し、即位した。彼は粘り強く国づくりを進め、1190年には宿敵チャンパを降伏させた。また、アンコール・トムを都として造成した。熱心な大乗仏教の信者であった王は、都の中心にバイヨンを建設し、バンテアイ・クデイ、タ・プローム、プリヤ・カーンなどの仏教寺院を建設した。

また、ジャヤーヴァルマン7世は、国内に102箇所の病院と主要街道に宿場を建設し、庶民の生活も重視した。しかし、大規模な寺院建設と領土獲得の遠征のため、死後は国力が衰退していったと考えられている。

13世紀にはいると元の侵攻が始まり、後半からは、アユタヤ王朝の侵攻が始まった。当時のポニャーヤット王は、1431年にシャム(現在のタイ)に近いアンコールを放棄し、翌年シャム族が首都を占領し、アンコールの栄光の時代は終わりを告げた。その後、首都は転々とし、現在のプノンペンのあるチャドモックに遷都した。 

近世
17世紀から18世紀は、隣のシャムやベトナムの侵略や干渉がつづき、国内は混乱した。1845年に即位したアン・ドゥオン王は、ひそかにシンガポールのフランス領事を通じてナポレオン3世に援助を要請したが、事前にシャムに情報が漏れ、失敗に終わった。

近代(植民地時代)
フランス領インドシナ19世紀中頃からフランスによるインドシナ半島(インドシナ)の植民地化が始まった。アン・ドゥオン王の子であるノロドム王はフランスと交渉し、カンボジアはフランスの保護国になった。

1863年、フランス植民が開始される。

1887年にはカンボジアが仏領インドシナに編入された。1907年には、シャムからアンコール付近の領土を奪回した。

1940年には日本軍がインドシナに侵攻し、この機に乗じてノロドム・シハヌーク(シアヌーク)王は1945年3月12日にカンボジアの独立を宣言した。しかし、日本が連合国に降伏すると、1946年には再びフランスの保護下に戻り、独立は消滅してしまう。

シハヌークは粘り強く独立運動を続け、1947年には憲法を公布、1949年にフランス連合内での独立を獲得した。1953年には警察権・軍事権を回復し、完全独立を果した。

現代
カンボジア王国(1953年 - 1970年)
1955年、アジア・アフリカ会議(バンドン会議、バンドン、インドネシア)において、シハヌークは非同盟・中立外交政策を表明した。王位を父ノロドム・スラマリットに禅譲し、サンクム・リアハ・ニヨム(人民社会主義共同体、サンクム)を組織した。「独立の父」として国民の人気を集めたシハヌークは同年の選挙で首相兼外務大臣に就任した。

1956年、東南アジア条約機構への加盟を拒否した。

1960年に王であるスラマリットが亡くなると、シハヌークは王位を空けたまま国家元首という新しい位を作って就任した。1965年5月、シハヌークは北ベトナムへの爆撃を行なうアメリカ合衆国との断交を宣言した。ベトナム戦争により国内は不安定となったものの、シハヌーク政権時代にはまだ爆撃・内戦は激化しておらず、食糧は豊富で輸入に頼らず大量の国内避難民も発生していなった。

クメール共和国(1970年 - 1975年)
1970年3月17日、親米のロン・ノルがシハヌークの外遊中にクーデターを決行し、シハヌーク一派を追放、クメール共和国の樹立を宣言した(10月9日)。 ロン・ノルは政権を取ると、激しい反ベトナムキャンペーンを行い、南ベトナム解放民族戦線への支援が疑われるカンボジア在住のベトナム系住民を迫害・虐殺した。このためシハヌーク時代に50万人だったベトナム系住民のうち20万人が1970年にベトナムに大量帰還する事態となった。続いてロン・ノルは1970年4月、ホーチミン・ルートを粉砕するため、アメリカ軍と南ベトナム軍に自国を侵攻させた。さらに、1968年から局地的に行われてきたアメリカ軍によるカンボジア空爆を、人口高密度地域を含むカンボジア全域に拡大させた。これにより数十万人の農民が犠牲となり、大量の国内難民が発生し、農業生産は激減した。ロン・ノル政権は国民の不人気を買い、反政府活動は激化していった。

クーデター後、シハヌークは中国(北京)へ脱出し、カンプチア民族統一戦線を結成し、反ロン・ノル諸派の共闘を呼びかけた。彼を助け、共にカンボジア帰国を果たしたのは、毛沢東主義に心酔したポル・ポト、キュー・サムファン、イエン・サリらの指揮する共産主義勢力「クメール・ルージュ」だった。10月、ポル・ポトはシハヌークを擁立してロン・ノル政権との間で内戦となった(カンボジア内戦参照)。

1971年1月、アメリカはロン・ノル政権支援のために南ベトナム派遣軍の一部をカンボジアへ侵攻させた。10月、ロン・ノルは軍事独裁体制を宣言し、1972年3月に新憲法を公布した。しかし1973年3月29日アメリカがベトナムから完全撤退したため、ロン・ノルは強力な後ろ盾を失った。

民主カンプチア(1975年 - 1979年)

クメール・ルージュ政権終了から26年経った2005年度のカンボジア人口。25歳以上と24歳以下の人口が対照的である。1975年4月17日、弱体制となっていたロン・ノルはハワイに亡命した。ベトナムでは4月30日にサイゴンが陥落し、ベトナム戦争が終結した。この後、クメール・ルージュが首都プノンペンに入城し、1976年1月に「カンボジア民主国憲法」を公布、国名を民主カンプチア(Democratic Kampuchea)に改称した。

内戦による農業インフラの破壊、食糧輸入援助の停止といった混乱状態の中、クメール・ルージュは、貨幣制度廃止、都市住民の農村入植と強制労働といった極端な原始共産制社会への回帰政策を実行した。旧政権関係者、都市の富裕層や知識層、留学生、クメール・ルージュ内の親ベトナム派などは虐殺された。反乱の疑いのあるものは政治犯収容所S21(現トゥールスレン虐殺博物館)などに収容され虐殺された。1975年?1979年のポル・ポト時代の4年間は、中国の毛沢東主義を奉じた極端な農本主義政策が採られたものの、非効率的なやり方は大旱魃をもたらし、出生率が異常に低下する一方、飢餓と虐殺で100万人を超えるともいわれる大量の死者を出した。 

1978年1月、ベトナム領内を攻撃し、ポル・ポトはベトナムと断交した。この頃、ベトナムはソビエト連邦との関係を強化しており、中ソ対立の構図から、中華人民共和国と関係の深いポル・ポト政権と対立することとなった。5月には中央のポル・ポトへの反乱の疑いを持たれた東部軍管区を攻撃し、東部地区の大量のクメール・ルージュ将兵が処刑された。このため、ベトナムには10数万人にのぼる東部地区軍民の避難民が流入した。

サムリン政権(1979年 - 1991年)
1978年12月25日、ベトナム軍は、亡命カンボジア難民からカンプチア民族救国統一戦線を組織し、元クメール・ルージュ将校でベトナムに亡命したヘン・サムリンを擁立し、ポル・ポト打倒を掲げカンボジアに侵攻した。

1979年1月6日、ベトナム軍がプノンペンを攻略、幽閉に近い状態にあったシハヌークは再び北京へ逃亡、ポル・ポト、イエン・サリら クメール・ルージュ はタイ国境近くまで駆逐される。1月10日親ベトナムのカンプチア人民共和国(People's Republic of Kampuchea)が樹立される。しかし、ヘン・サムリンのカンボジア人民党による政権は、ベトナムの傀儡政権であるとして世界各国の承認を得られなかった。

同年2月には中国軍がカンボジア侵攻の報復としてベトナムを攻撃した(中越戦争)。しかし、中国は実戦経験豊富なベトナム軍に惨敗し、3月には撤収した。1981年6月にサムリンは新憲法を採択し、同時期フン・センが閣僚評議会副議長(副首相)に就任する。

1982年2月、巻き返しを図る反ベトナム三派(ポル・ポト、シハヌーク、ソン・サン)は北京で会談を開き、7月には三派による「民主カンプチア連合政府」(The Coalition Government of Democratic Kampuchea:CGDK)が成立し、サムリン政権との内戦状態に入った。

1983年2月に開かれたインドシナ3国首脳会談でベトナム軍の部分的撤退が決議されたが、3月にベトナム軍はポル・ポト派の拠点を攻撃した。

1984年7月の東南アジア諸国連合外相会談では、駐留ベトナム軍への非難共同宣言を採択した。しかし、ベトナム軍は内戦に介入し続け、1985年1月に民主カンプチア連合政府の拠点を攻略、3月にシハヌーク国王派の拠点を制圧した。

1988年3月、ベトナム首相ファン・フンが急死し、政変が起こると、6月にベトナムは軍の撤収をはじめ、1989年9月に撤退を終えた。その結果、当時首相に昇格していたフン・センはベトナム軍の支えを失って弱体化し、内戦は更に泥沼化した。

1990年6月4日5日、東京でカンボジア各派が参加する和平に向けた直接対話の場として「カンボジアに関する東京会議」が開催された。続く1991年10月23日、カンボジア和平パリ協定が開催され、最終合意文章("国際連合カンボジア暫定統治機構(UNTAC)"の設置、武装解除と内戦の終結、難民の帰還、制憲議会選挙の実施など)の19ヶ国による調印に達した。ここに、20年に及ぶカンボジア内戦が終結した。

現代「カンボジア王国」
カンボジア和平パリ協定でフン・セン政権と民主カンプチア連合政府を合わせた四派によるカンボジア最高国民評議会(SNC)が結成された。翌年1992年2月より、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC。事務総長は明石康)が平和維持活動を始めた。

1993年5月には国民議会総選挙が行なわれ、立憲君主制が採択された。選挙結果は、全120議席のうち、フンシンペック党 が58議席、カンボジア人民党が51議席、ソン・サンの仏教自由民主党が10議席、その他1議席であった。 これにより「二人首相制」となり、フンシンペック党党首でシハヌークの二男 ラナリットが第一首相、カンボジア人民党のフン・センが第二首相に選出された。

同年9月23日、制憲議会が新憲法を発布した。9月24日、シハヌークが国王に再即位、カンボジア王国が、およそ23年ぶりの統一政権として誕生した。自由で公正な選挙、選ばれた議会の憲法発布・政府設立を見届け、UNTACの暫定統治は1993年9月に終了した。

1997年7月、プノンペンにてフンシンペック党とカンボジア人民党の軍隊が衝突するという事件が起こった。第一首相であったラナリットはパリに逃亡し、約半年後の1998年3月にシハヌーク王の恩赦で帰国、9月には国民議会の議長に就任した。同年7月の総選挙で、今度はカンボジア人民党が第一党となり、フン・センが第一首相に就任している。

カンボジアは東南アジア諸国連合 (ASEAN) への加盟が延期されていたが、1999年4月に加盟を果たした。

なお、ポル・ポトは1998年4月に山中で死亡しており、12月にポル・ポト派幹部が国民へ謝罪した。2001年1月、ポル・ポト派幹部を裁く特別法廷が設置された。

2004年10月14日、シハヌークが退任、息子のノロドム・シハモニが国王に即位した。

2006年10月18日、フンシンペック党は、ラナリット党首を解任、駐ドイツ大使のケオ・プット・ラスメイを選出、第1副党首にはルー・ライスレン、第2副党首にはシソワット・スリウッド(シソワット王家の出身)が選出された。2006年11月16日、ラナリットは、ノロドム・ラナリット党(The Norodom Ranariddh Party)を設立した。

2007年3月13日にフィリピン・マニラに滞在中のラナリットに背任罪の実刑判決(禁固1年6カ月)が下っている。また4月の地方統一選挙を前にして、ラナリットが妻の告発で1月に姦通罪で訴追されていたことも発表された[1]。 カンボジアの法律により、禁固刑の判決を受けた者は刑期の3分の2を終えないと2008年度の総選挙に立候補できないため[2]、海外に滞在したままのラナリットの動きが注目されている。


2009年01月23日

ロストワールド (ゲーム)

ロストワールド』 (Lost Worlds) は1988年にカプコンから発売されたアーケードゲームである。ジャンルは、多方向強制スクロールのシューティングゲーム。日本国外版のタイトルはForgotten Worlds。
8方向レバーと1ボタン(ローリングスイッチ)で自機を操作する。残機無しのライフ制。自機はサテライトと呼ばれる子機を一機従えている。サテライトは、特殊弾による攻撃や、敵弾に対する防御に用いられる。敵を倒すと出現する通貨「ゼニー」を集め、ステージ内にあるショップで装備を購入してパワーアップしつつ進行する。

ローリングスイッチ
本作には、ボリュームレバーとボタンスイッチを組み合わせた独自の入力デバイス『ローリングスイッチ』が導入されている。大きさは直径5cm・高さ2cmほどで、上部には指を置くための3つの窪みが付いている。ボリュームを左右に回転させることによりショット方向を16方向に動かし、スイッチを押し込むことで攻撃を行う。

ローリングスイッチを押す - ショット(フルオート連射)
ローリングスイッチ連打 - メガクラッシュ(自機の耐久力を消耗して画面上の全ての敵にダメージを与えるボンバー)
ローリングスイッチを押しながら回す - ショット方向の回転。サテライトは自機との相対位置を固定したまま、その場で自転する。
ローリングスイッチを押さずに回す - ショット方向の回転。サテライトは自機の周囲を公転する。
なお、自機とサテライトは常に同じ方向を向く。
ライバ デッサン シーソーゲ ニーメイ ピーツ ハンチョウ リチャー ムース ディー ガイドモフ サプライズ トドマ シャベル バスレーン ローラー きざらし ヤコブ 風雷坊 コムサ プラトン シッダー ワンマ ガスマス ユーコ タウン憂山 フィナス フラワー 月のうさぎ ボリー フィア プロジェク シャム プレー ロブノー フレア シャフト モニカ シエラ キチン リング ビーエス ローシルク リーク スペード イマン バスガド サーチ予言 フラスコ スカルプ ジョイント

解説
同社開発の業務用システム基板CPシステム用ソフトの第一弾である。BGMに関しては河本圭代が作曲している。
1980年代中期から末期にかけてのアーケードゲーム業界には、特殊なインターフェースを採用した作品が数多くリリースされたが、本作のローリングスイッチはその中でも取り分け異色の存在であり、ゲーム内容に上手くマッチしたシステムで発売当初から話題を集めていた。しかし、ボタンの根元に大きく負担がかかる構造だったために故障が頻発、そのため以降の作品にこのデバイスが採用されることはなかった。1994年に同社が発売した『アルティメット エコロジーには、サブボードでローリングスイッチに対応するバージョンも制作されていたが、実際に出荷されたのは3ボタンバージョンのみだった。
本作のストーリーは、ダストワールドと呼ばれる廃墟の世界に現れた二人の超戦士が、破壊神・天帝バイオスに戦いを挑むというものである。非常に細かい部分にまで設定が行き届いており、雑魚からボスに至るまで全ての登場キャラに名前が存在するのだが、何故か主人公の二人にだけは名前がつけられていない。そのため他作品に登場する時は「超戦士」「名も無き超戦士」「名無しの超戦士」などと呼ばれ、さらにその後ろに「1P」「2P」と付け、性能差のある二人を区別して呼ぶことがある。ちなみにメガドライブ版の広告チラシでは1Pが「名無しの超戦士」、2Pが「モヒカン野郎」と自称している。
本作の話の流れは、ステージ間に挿入される台詞入りの静止画アイキャッチで説明される。その際、開発スタッフによる台詞の朗読音声が挿入されるのだが、「パラメシウムごときで俺を止めることはできん!」「クレオパトラとのデートが台無しだぜ!」といったセンスある独特の文面に比べ、その朗読の演技があまりに稚拙な棒読みだったため、そのギャップが見る者の笑いを誘い、ゲーメストなどのゲーム専門雑誌で頻繁にネタにされていた。

移植
セガ『フォゴットンワールズ』(1989年11月18日発売 メガドライブ用)
NECアベニュー『フォゴットンワールド』(1992年3月27日発売 PCエンジン用)
カプコン『カプコン クラシックス コレクション』(2006年3月2日発売 プレイステーション2用) - 「フォゴットンワールド」を収録。

関連作品
クイズゲーム『アドベンチャークイズ カプコンワールド2』にも「名無しの超戦士」として登場。
MARVEL VS. CAPCOM CLASH OF SUPER HEROES - スペシャルパートナーとして名無しの超戦士1Pが登場。
SNK VS. CAPCOM 激突カードファイターズシリーズ(トレーディングカードゲーム版も含む) - 1作目と2作目のアクションカード「メガクラッシュ」にP-38&名無しの超戦士が登場。又、1作目のみゲーム中にある施設「ロストワールド」のカードの店員にシルフィー、置物としてダストドラゴン[1]があり、1作目と2作目に『フォゴットンワールド』の名前が由来のオリジナルキャラクター[2]が登場する。
NAMCO x CAPCOM - 名無しの超戦士1P、名無しの超戦士2P、取引役のシルフィーがプレイヤーキャラクターとして登場。

2009年01月16日

京都女学館高等学校


ナビリベリア コレポン テニス ヱスビー アント キック ブルマン 女性の生活 チップ スターフ ゼネス くちばい ノパン たらふく ミック チャー プレミ クォーザ ラップ バッイグ パート フォー エストール カーシェア Sぼうおく チアダンス フォース ゼキショウ ブレイブ ヒップボーン ドーム ブリース サボテン リンリレー ロースター バイメタ モルモッ ダバオ ジュネーブ シオニズム グッド ニュー ガイド レター ガーリ 青梗菜 ファック オールス ジャスパー じゃじゃ
平安京大内裏の近くに建てられた学校。奈良女学館の姉妹校。シンボルは狐。

長岡(ながおか)
数学教師で剣道部顧問。教師の間からは「マドンナ」と呼ばれる美人。実は重さんに惚れている。実家は道場を経営、自らの腕前は4段。

大阪女学館高等学校
難波宮跡の隣に建てられた学校。奈良女学館の姉妹校。シンボルは鼠。

南場(なんば)
体育教師で剣道部顧問。かつてマドンナにプロポーズをして失敗し、その時にマドンナの意中の相手を聞いている。剣道5段の腕前で打倒京都に意欲を燃やす反面、弱小奈良には見下した態度をとっている。

鎮めの儀式を行う動物
鹿
見た目は雌鹿だが、実は百回以上魂を他の鹿に移し変えて生きており、命を受けたときは立派な牡であった。屈強な牡鹿を従えている。「目」の力を使って、人間と話すことができるほか、人間が言うことを聞くように印をつけ、顔を鹿にする術を持っている。ただし印の消し方は知らない。人間社会を嫌っている一方で、ポッキーが大好物。鼠とは仲が悪い。ちなみに、奈良の鹿がお辞儀をするのは彼が教えたからであるという。(なお、ポッキーが好物という設定はあくまで小説だけのものであり、実際の鹿にポッキーを与えるのは病気の原因になるため、好ましい行為ではない。

鹿同様、卑弥呼の命を受け儀式を行っているが、目の受け渡しを妨害するなどしばしばイタズラをしてくる。約300年前には「使い番」をなかなか決めなかったために、満月の夜に儀式が行えず、先述のように人間世界が大変なことになったという。鹿、鼠、狐の中で唯一、印の消し方を卑弥呼から教えてもらったが、印の付け方は知らないらしい。

卑弥呼に鎮めの役目を引き受ける代わりに、目の力によって人に化ける方法を教えてもらった。狐も儀式を行うが、今は動物園の中にいて、自らの「使い番」以外には話し掛けないという。このため、本編には登場していない。使い番をつとめた人物曰く、『紳士』的。

2009年01月09日

ロシア地上軍(ロシアちじょうぐん)

ロシア陸軍(ロシアりくぐん;ロシア語:Сухопутные войска)は、ロシア連邦軍における陸軍である。冷戦時代のソ連地上軍に倣い、ロシア地上軍(ロシアちじょうぐん)と呼ばれることもある。2006年現在、39万人の人員を抱え、戦車を2万2千両保有し、火砲等を3万門保有していると考えられている。(国境警備隊や内務省軍などの準軍事組織を含まない)

ソ連軍では、陸軍の軍令機関がそのまま全軍の参謀本部に発展した経緯から、陸軍自身の軍令機関が設置されなかった(つまり、軍種としての陸軍が存在しなかった)時代がある(共産圏の軍隊も、ソ連軍の例に倣っている場合が多い)。このことから、西側では共産圏の陸軍組織を陸軍(army)とは呼ばず、地上軍(ground force又はland force)と呼び、自衛隊や韓国軍(ソ連軍に倣って建設された北朝鮮の陸軍を地上軍と呼称している)では地上軍と呼称している。

一方、ロシア語での正式名称Сухопутные войскаの直訳は飽くまで陸軍である。ロシア語では、地上軍はНаземные войскаというまったく別の単語で表されるのが普通である。「сухопутный」は「陸」を意味する「суша」に関連する形容詞、「наземный」は「大地」を意味する「земля」に関連する形容詞であり、字義的にも「Сухопутные войска」を「地上軍」と訳すことには厳密には無理がある。

第二次世界大戦中に赤軍の総数は膨大なものとなり、日々指導が困難となったことから独立の指揮機関が必要とされ、1946年3月、最初の陸軍総司令部が設置された。

召集兵の復員が進み、陸軍の総数が減少したことから、1950年3月、総司令部は解散された。

1955年3月、再び総司令部が設置されたが、1964年3月には再び解散された。1967年11月、三度目の総司令部が設置された。

ソ連崩壊後、1997年11月?12月、総司令部は、陸軍総局(Главное управление Сухопутных войск)として参謀本部の一部署に改編された。

任務

構成

陸軍総司令部
ロシア陸軍は、陸軍総司令部(Главное командование Сухопутных войск)によって指揮統率される。陸軍総司令官は、国防次官を兼任する。

機構

軍管区
ロシア陸軍は、以下の六つの軍管区(Военный округ)に区分されて配備される。

モスクワ軍管区(Московский военный округ;МВО)
レニングラード軍管区(Ленинградский военный округ;ЛенВО)
沿ヴォルガ・ウラル軍管区(Приволжско-уральский военный округ;ПруВО)
北カフカーズ軍管区(Северо-кавказский военный округ;СКВО)
シベリア軍管区(Сибирский военный округ;СибВО)
極東軍管区(Дальневосточный военный округ;ДВО)

部隊建制
軍管区(военный округ)
軍(армия):ソ連軍時代は諸兵科連合軍と戦車軍の2種類があったが、現在は区分されていないようである。
軍団(армейский корпус)
師団(дивизия):自動車化狙撃師団、戦車師団、砲兵師団、機関銃・砲兵師団がある。
強化地区(укрепрайон):拠点防御部隊
旅団(бригада)

兵科
ロシア陸軍の兵科は、兵科、支援兵科、後方部隊・施設に分かれる。

兵科
兵科(рода войск)とは、戦闘に直接参加するいわゆる戦闘職種である。

自動車化狙撃兵(Мотострелковые войска):歩兵
戦車兵(Танковые войска)
ロケット・砲兵(Ракетные войска и артиллерия):砲兵
防空兵(Войсковая ПВО):高射砲兵
陸軍航空隊(Армейская авиация):現在はロシア空軍の兵科

[編集] 支援兵科
支援兵科(специальные войска;直訳だと特殊部隊となるが、ここでは支援兵科と訳す)とは、陸軍の任務遂行を保障するための兵科である。

偵察兵(разведывательные войска):情報職域。ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の管轄
通信兵(войска связи)
電波電子戦兵(войска радиоэлектронной борьбы)
工兵(инженерные войска)
放射線・化学・生物学防護兵(войска радиационной, химической и биологической защиты)
技術保障兵(войска технического обеспечения)
自動車兵(автомобильные войска):輸送兵
後方警備兵(войска охраны тыла)

後方部隊・施設
後方部隊・施設(воинские части и учреждения тыла)は、全軍共通であり、ロシア連邦軍後方部が一元管理している(元々陸軍の組織から発展したため、海軍所属の後方部隊・施設勤務者でも陸軍式の制服と階級呼称を帯びる)。

歴代総司令官
陸軍総司令官 職名 氏名 階級 在任期間 出身校 前職
総司令官 ニコライ・コルミリツェフ 上級大将 -2004.11 オムスク高等諸兵科共通指揮学校 シベリア軍管区司令官
総司令官 アレクセイ・マスロフ 大将 2004.11- ハリコフ高等戦車指揮学校 北カフカーズ軍管区参謀長

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