中世後期から、表向きは一揆が禁止されていた中で実際には百姓身分の権利行使運動として恒例化していた江戸時代のいわゆる百姓一揆の時期を経ることで、現代では一揆の本来の意味は忘れられ、理解されがたくなってしまっている。そのため、戦国大名毛利氏を成立させた毛利元就の生涯を描いたNHK大河ドラマ『毛利元就』において、元就が安芸国人の国人一揆を結ぶ場面で一揆の語の使用が避けられて、「国人領主連合」なる一種の現代語訳が用いられた例もある。
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また、中世後期の一揆の盟約による政治的共同体が武装していたことから武装勢力の蜂起の意味合いを強く想起する向きもあるが、この時代、自検断権に基づいて、ほとんど全ての階層の共同体が軍事警察力と司法権の行使を認められ、その達成のための保障となる武装は当然であったことを忘れてはならない。
特に日本が明治期以降の近代に入り、江戸時代が最も近い前近代の「歴史」となってからは、一揆は「百姓一揆」を指すような印象があるが、前述のように表向きは一揆の盟約が禁止されていながらも、百姓身分の権利行使の慣例として現実的には認めざるを得なかったという、現実と建前の著しく乖離した構図を持っていたこの時代の一揆をもって、日本の歴史的一揆の典型とみなすべきではないであろう。この表向きの一揆の盟約の禁止下で行われた百姓一揆は、その建前上の性格ゆえに土寇(どこう)とも漢語表記された。 日本では、史学界で階級闘争史観が支配的だった時代の「一揆は強者たる武士からの抑圧に対する、弱者たる民衆の決死の反抗であり、平等意識のもとで強固な団結力を持っていた」とみなす一揆観が、いまだに一般市民レベルでは普及しているが、上記のような事情を鑑みると、その一揆観は一揆のごく一部の相を見て創られたものに過ぎない。実際の一揆は、大名層からの抑圧に関係なく結ばれることも多く、また、一揆内での主導権を巡る派閥抗争も絶えなかった。こうした一揆内の派閥抗争を一揆内一揆と呼ぶことがあり、越前一向一揆におけるものが有名である(下間頼照を参照)。
一揆の盟約を結ぶに際しては、神前で宣言内容や罰則などを記す起請文を書いて誓約を行い、紙を焼いた灰を飲む一味神水と呼ばれる儀式が行われた。